がん闘病の記録 byみみ

2022.2 乳がん発覚 1995年生まれ

その後の恋愛

 

AYA世代がん患者にとって

とてもとても悩まなくちゃいけないその後の恋愛。

 

ドキュメンタリーやドラマだと、

病気がわかり相手のことを思って突き放すんだけど、

俺は◯◯と一緒にいたいんだ!と戻ってきてくれる。

そう決まっているけど、実際はそうではない。

 

がん患者となったことで恋人が離れてしまったり、発覚時恋人はおらずその後新しい恋愛ができなくなったり。。。

 

がんは病気そのものだけでなく、幸せな恋愛までも奪ってしまうことがある。

 

がんそのものについてはわからないことは病院で聞けばいいわけだし、治療については信頼できる主治医の指示に従うのが正解。

 

だけど恋愛については正解がない。

どうしたらいいかわからなくなった私は、AYA世代がん患者の団体Stand upのフリーペーパーを読み漁った。

そこにはリアルな体験が載っていた。

ただ参考にはなったけど、こればっかりは本当に人による。

どうなるのが幸せなのかも、決まりがあるわけでない。

 

私の経験を詳しく記録しておこうと思う。正解があるわけじゃないけど

〜26歳で乳がんになったごく普通の独身女性の恋愛事情〜

 

結論から言うと、がん発覚当時付き合っていた人は別れ、その名知り合った人と今は付き合っている。

 

 

 

久しぶりの更新 現在の状況

 

乳がんがわかってから約8ヶ月。

 

仕事復帰もして、がんになる前と同じような生活を送っている。

 

 

今までの治療はこんな感じ

 

4月 手術

6月 卵子凍結

  ホルモン療法開始(5年間)

11月 再建手術(予定)

 

今はホルモン療法と経過観察のための

乳腺外科通院を3ヶ月ごと。

 

ホルモン療法の詳細ついてはまたの機会に書こうと思う。

 

今は再建手術が近いので

形成外科の通院もしている。

 

大きな副作用もないなし、

病院に行くのも1ヶ月に1度よりも少ないので

普通に仕事して、普通に遊んで

 

がんのことを忘れることもあるけど、

やっぱり再発が怖いし、

この先仕事や結婚ができるのか不安だし。

 

気分は重い。

 

 

 

術後病理検査の結果

 

 

手術で乳房を摘出し、病理検査を行う。

病理検査で転移の有無、がんのタイプを調べ、

薬物療法の内容が決定する。

 

手術から3週間後、

退院から約10日。

病理検査の結果を聞くために両親と病院へ行った。

 

 

まず先生から摘出した組織の写真を

出してもいいかの確認の後、

 

モニターに写された写真を見ながらの

説明があった。

 

右は

赤い乳腺組織の中に

白い岩のようなものがあった。

たしか1.3センチと書いてあった気がする。

 

左は

大きさが数ミリで小さく

術前の検査で大半を取っているため

ほぼ残っておらず何故か黒くなっていた。

 

リンパ節への転移はない。

 

がんのタイプは

術前の検査と同じ結果で、

ホルモン受容体陽性

HER2タンパク陰性の

 

おとなしいタイプのがんとのことだった。

 

抗がん剤治療は必要ないと考えられ、

再発を抑えるためにホルモン治療が

勧められる、とのことだった。

 

進行具合、ステージについて質問すると

腫瘍の大きさ、リンパ節転移の有無から

ステージIにあたるらしい。

 

職場復帰のことも考え

今後の通院頻度、治療内容、期間、副作用

についての質問もした。

 

今後は

3ヶ月に一度の外来でホルモン治療を行う。

注射とホルモンの薬を毎日服用する。

 

人によるが5年間〜治療が続く。

 

ホルモン治療によって更年期症状などの

副作用が出ることがあるが

多くの人が仕事をしながら治療をしている。

 

また3ヶ月に一度経過観察も行う。

 

そこに再建手術をしたため、

形成外科の診察も入ってくる。

 

あと妊よう性保存について。

がんの治療によって妊娠できる力が失われる可能性がある。

 

病気の治療前の妊よう性保存治療を

専門にしている産婦人科

県内の大学病院にある。

 

妊よう性保存治療を希望し、

紹介状を書いてもらい後日大学病院を受診する。

 

妊よう性保存については

まだモヤっとしている部分があるけど、

詳しい話は大学病院になるので

そこで色々聞くしかない。

 

次の乳腺外科の診察は1ヶ月後。

そこからホルモン治療が始まるのかな。

 

抗がん剤が必要でない=再発リスクが少ない

ということだからホッとしていいのか、

だけどがんなのに抗がん剤を使わなくて大丈夫なのか?

といった不安もある。

 

髪も抜けないし大きな副作用がないのは

嬉しいことだけど。

 

そろそろ職場復帰のことも考えないといけない。

 

 

 

 

 

遺伝性乳がん検査①

 

 

⚫︎両側乳がん

⚫︎若年性

⚫︎乳がんの家族歴あり

 

これらが当てはまるため、

 

遺伝性乳がんの可能性があると

クリニックでも言われていたし、

総合病院でも

遺伝性乳がんの前提で話を進めると

言われていたくらいだった。

 

遺伝性乳がんのひとつで

最も頻度の多い

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(BRCA)

の検査を受けることになった。

 

ハリウッド女優の

アンジェリーナジョリーがこの遺伝子を

持っていて

病気になる前に乳房と卵巣を摘出したのも

有名な話だ。

 

しかし、この検査結果は“−”だった。

 

頻度は少ないものの、

それ以外にも乳がんを引き起こす遺伝子があるらしい。

その中には治療や検査で放射線を当てることにより

肉腫を形成するものもあるらしい。

 

それ以外のがん遺伝子を調べるためには

大学病院へ行き、

遺伝カウンセリングを受ける必要があるらしい。

 

母の勧めで大学病院へ紹介状を書いてもらったが、

私は遺伝検査を受けることにこの時点で前向きではなかった。

 

遺伝には倫理的な問題もある。

 

病院で受けるように言われた検査はきちんと受けて、結果は陰性だった。

保険診療の検査はちゃんと受けたのだから

これ以上遺伝を突き詰めなくてもいいじゃないか。

 

私の家系でがんが多発しているわけでなく、

むしろがんは少ないように感じる。

若くしてがんになった人もいない。

 

なのに自分にがん遺伝子があるとわかったら

ショックを受けるかもしれないし、

父母どちらか、その親戚もその遺伝子を持っている。

その親戚にどこまで話せばいいのか。

 

がん遺伝子を持っているということを

一生背負う必要ないのかな、

そう思っていた。

 

誰でもがんになる可能性はあるのだし、

受けられる健診はみんながちゃんと受ける

それでいいのでは?と思っていた。

 

カウンセリングを受けてから

遺伝子検査は受けないという選択も可能らしい。

 

自分には医学的な知識はなく

遺伝子検査を受けることでどんなメリットがあるのか

倫理的な問題もどうするべきものなのか、

それも含めてのカウンセリングだと思ったので、

とりあえずカウンセリングは受けることにした。

 

 

後日、母と一緒に大学病院で遺伝カウンセリングを受けた。

 

 

長くなりそうなので続きは後で。

入院手術費用公開

 

入院と手術には高額な医療費がかかるため

4月は高額療養費制度の利用となった。

 

高額療養費制度とは

その月に医療費が限度額を超えた場合、

その超えた分の金額が戻ってくるという仕組みだ。

 

限度額は収入によって決まり

一般的な収入であれば5万〜10万くらい。

(ざっくり)

 

食事代(病院食)、個室代、自費による検査治療は対象外となる。

 

期間は1日〜月末まで。

4月は手術費用が含まれているため

限度額に達したが、

5月は限度額に達していないため、

5月はこの制度の対象となっていない。

 

つまり、入院は同じ月におさめておいたほうが

よいということだ。

 

私は月末〜月初めの入院で

月をまたいでいるため

高額療養費の利用で考えると

賢いタイミングではなかったということだ。

 

もちろん治療を早くすることが第一なので

仕方がない。

 

事前に手続きを済ませておいたので、

後からの返金でなく

窓口の支払いは限度額を考慮したものとなっていた。

 

 

【4月分(25日〜30日)】

入院手術費用等  私の限度額(数万)★1

個室費用5日分  49,500円★2

食事費用12食分  6,900円★3

★1,2,3 合計額  10数万円

 

私の限度額については年収がバレてしまうので

非公開ときておきます笑

 

【5月分(1日〜6日)】

入院費用等    52,570円(限度額達さず)★1

食事費用13食分  7,360円★2

★1,2 合計額           59,930円

 

5月はずっと大部屋にいたので

個室代はかかってない。

 

2月の合計額が

今回の入院でかかった費用である。

 

 

健康保険と高額療養費制度を利用しているが

結構高額ではないだろうか。

 

ただ、

ずっと大部屋で入院期間を同じ月におさめたら

数万で済んだと思われる。

 

がんの手術で標準治療であれば

一気に数百万の費用がかかることは無いと思う。

 

きちんと貯金をしておけば十分払える金額だと思う。

 

ただ今後治療が長期化すると

たくさんのお金がかかることは事実だと思う。

 

入院や手術で社会人1年目で加入した保険が降りるので

入っておいて正解であったと思う。

 

 

 

 

 

退院

 

昨日退院した。

 

2日前の夜にドレーンを抜き、

当日の朝に主治医の許可が降りたので退院となった。

 

入院期間は11泊12日。
予定より少し長くなったけど、
順調に回復し退院することができた。

 

痛みも日を追うごとに軽くなり、

術後上げられなかった腕もだんだん上げられるようになり、

人間の回復力を見ることができた笑


次の受診は
形成外科が1週間後。
傷口の確認と今回の手術で入れたエキスパンダーに水を入れる。

乳腺外科が10日後。
手術後の病理検査結果によって
詳しい状態が分かり今後の治療方針が決まる。


看護師さんから退院後の生活や
次回診察の説明、内服薬の説明、
あとなぜか体重測定をした。

最後、エレベーターに乗る前に
若い看護師さんと少し話した。

ちょっとした世間話の後に
“頑張ってね”
“ほんとは頑張ってって言っちゃダメなんだけど”

医療現場での患者対応のことは全く知識がないけど、
病気を頑張って治そうとしている人に
“頑張れ”と言ってはいけない
“今すごく頑張ってて辛いのにもっと辛い思いをしなきゃいけないのか”
となってしまう。
というのを昔聞いたことがある。

でも私は
優しく声をかけてくれたことが嬉しかった。

病棟まで来てくれた母と一緒に
窓口にて退院手続きを済ませた。

その後入院中食べたいと考えていた
まぜそばを食べに行った。

5月の過ごしやすい気温
体と晴れていて、外の空気が
心地よく感じた。


入院中の1日

 

 

入院中どんな1日を過ごしているか記録しておこうと思う。

手術直後ではなく、身体が動かせるようになってからの過ごし方。

 

 

6時頃

看護師さんが体温血圧測定にやってくる。

ここで目が覚めるが私は朝が大の苦手なので

うとうとしながら看護師さんの質問に答え、すぐに2度寝をしている。

 

7時40分頃

朝ご飯が運ばれてくる。

ここでもなかなか起きられず笑

早く食べ終わらないと周りの人と一緒なお盆回収ができず迷惑がかかる!

と思いなんとか8時に起きて、歯磨きをしご飯を食べている。

 

9時半頃

夜間から日勤の看護師さんに代わるため2人の看護師さんが声をかけにくる。

 

ここからお昼の時間までは回診がくることが多いので、できるだけ部屋にいるようにしていた。

スマホを見たり、映画鑑賞したり、本を読んだり。

 

12時頃

お昼ごはんが運ばれてくる。

 

昼過ぎはコンビニへ行ったり、デイルームで過ごしたりしていた。

 

15時

シャワー室で身体を洗う。(下半身のみ)

シャワーの時間は予約制で時間は選べるのだが、

最初のシャワーが3時だったため、わかりやすいようにその日以降も同じ時間で予約していた。

 

夕方はベッドの上で映画を見たり、

気分転換に廊下を歩いたりコンビニへ行ったりしていた。

 

18時頃

夕ご飯が運ばれてくる。

 

20時半

看護師さんがドレーンに溜まったの液の確認をする。

ここで30ml未満となると、翌日ドレーンを抜くことができ、翌々日に退院とかる。

 

21時前

日勤から夜勤の看護師さんに変わるため

声をかけにくる

 

21時〜21時半頃

消灯。

 

21時に寝るのはなかなかできず、

気が済むまでスマホを見ていた。

 

 

…という1日の流れだった。

 

回診は平日は3回、休日は1回〜2回

乳腺外科、形成外科、外科の先生がくる。

外科の先生は毎日違う人だった。

回診の際に、傷口の確認、消毒、テープの交換をしてもらう。

 

朝、夕方、夜と

看護師さんがきて体温・血圧・酸素濃度の測定をする。

 

平日は作業療法士さんがきて、

リハビリをする。

術後は腕を動かすことができなかったが、

だんだんと腕を上げられるようになる。

 

あとは、看護師さんから退院後の下着や傷の処置についての説明があったり、

乳がん認定看護師さんがきて、

いろいろなことを質問したりしていた。

 

 

そういった毎日を過ごしていた。

入院中辛かったことは3つ。

 

①身体がとにかく痛い

術後は胸と脇が痛く、体を動かすことが本当に辛かった。ベットから起き上がったり、寝転んだりするのも胸の筋肉を使うらしく、苦痛であった。

ただ、日を追うごとに痛みは治まり、

1週間後には手術部位の痛みよりも

首肩背中の凝りのほうが辛くなっていた。

 

②頭が洗えない

下半身は手術翌日からシャワーを浴びることができたが、

上半身はタオルで拭くことしかできなかった。

髪以外は拭けばなんとなるが、髪に関しては拭いてもねっとり感が取れず辛かった。

洗髪してもらったとき、ドレーンが抜けてシャーを浴びたときは、開放感がすごかった。

 

③とにかく暇

スマホタブレット、本なので時間は潰せるが、

ベットの上でずっと過ごすのはとにかく暇だった。

仕事は行けること、休日は遊びに出かけられることのありがたさを感じた。

 

 

入院期間は11泊12日となった。

すごく辛かったというわけではないけど、

早く退院したくて仕方なかった。